自分を責めるのが癖になっている人へ|自己肯定感が低いと感じるとき
— 上げようとするより、責める回数を減らします
ポイント
- 責める言葉は反省の形をしていますが、次にやることが1つも出てきません
- 出来事と評価を2行に分けて書くと、責める言葉の置き場所がなくなります
- できたことは記録しないと残らないので、数える仕組みを別に作ります
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コップを倒した。メールの宛名を1文字まちがえた。約束の時間を勘ちがいしていた。そのたびに、頭の中で同じ声がします。「またやった」「だから自分はダメなんだ」。
人から言われる前に、自分で先に言ってしまう。もう反射に近くて、止めようと思って止まるものではありません。まわりから「そんなに気にしなくていいよ」と言われても、なぐさめとして受け取れず、かえって落ち込むこともあります。
自分をどう思うかという話は、気持ちの問題に見えます。でも実際に起きているのは、同じ言葉を1日に何度もくり返しているという、回数の問題です。1回あたりは数秒でも、10回、20回と積み上がれば、その日の印象はそれで決まってしまいます。
先に結論を書きます。無理に自分を好きになろうとしなくて大丈夫です。やることは、責める言葉が出る回数と長さを減らすこと。声そのものは急には消えませんが、扱い方は今日から変えられます。
この記事は、気持ちを前向きにする話ではありません。書き方と言い換えの手順の話です。
なぜ責めるのが癖になるのか
まちがいを指摘される回数が、人より多い時期を長く過ごすと、人は先回りを覚えます。人に言われる前に自分で言っておいたほうが、痛みが少しだけ小さいからです。防御としては合理的で、だから身につきます。
やっかいなのは、この言葉が反省の形をしていることです。「自分がダメだから」と言っている間は、何かに向き合っているように感じます。でも中身を見ると、出てくるのは同じ結論だけで、次にやることは1つも出てきません。前に進まないのに終わらないので、時間だけが減っていきます。
もう1つ、この癖は自分では気づきにくいという性質があります。頭の中で言っているだけなので、人に指摘されることがありません。何年も続けていると、それが考えごとの標準の形になり、責めていること自体が意識にのぼらなくなります。
成人のADHDでは感情が大きく動きやすいことが、研究をまとめた分析で報告されています。落ち込みの振れ幅が大きいこと自体は、性格の弱さとは別のものとして説明できます。
回数が多かったから癖になった。それだけのことです。意志の強さの話ではありません。
【いちばん効く1つ】出来事と評価を、2行に分けて書く
責める言葉は、起きたことと自分への評価がくっついています。「宛名をまちがえた」と「自分は注意力のない人間だ」が、1つの文になっている状態です。これを引きはがします。
紙でもスマホのメモでもいいので、その日1件だけ、次の2行を書きます。
- 起きたこと。事実だけを書きます。いつ、何が、どうなったか。
- 次にやること。1つだけ。できれば5分で終わることにします。
例を出します。
起きたこと: 14時、送ったメールの宛名を1文字まちがえた。相手から訂正の返信が来た。 次にやること: 送信ボタンを押す前に、宛名だけ声に出して読む。
「自分はダメだ」は、1行目にも2行目にも入りません。事実でも行動でもないので、書く欄がないのです。置き場所がなくなると、言葉は少しずつ減ります。
かかる時間は1分です。1日1件で十分で、書かない日があっても構いません。
書けない日は、1行目だけでいい
気持ちが重いときは、次にやることまで考えられません。そういう日は事実だけ書いて閉じます。それでも、頭の中の「ずっとダメな自分」が「今日あった1件の出来事」に縮みます。大きさが変わるだけで、扱いやすくなります。
自分を責めるのが癖になっている人へ/できたことは、数えないと残らない
できたことは、数えないと残らない
うまくいかなかったことは、放っておいても覚えています。感情が強く動いた出来事のほうが記憶に残るからです。反対に、できたことは静かに過ぎていくので、ほとんど残りません。
つまり、記憶にまかせると、失敗ばかりが集まった一日として保存されます。帳尻が合わないのは当然です。だから、できたほうだけ人工的に数えます。
- 1日の終わりに3つ書く。 「起きた」「メールを1本返した」「洗い物をした」で構いません。内容の水準を上げると、次の日から書けなくなります。
- 済んだことリストにする。 これからやることではなく、終わった順に書き足していく形にします。同じ手間で、残るものが変わります。
- 週末に眺めるだけ。 良い悪いの判定はしません。眺めるだけで、量が目に入ります。
「こんなものは当たり前だ」と感じたら、それこそが数えられていない証拠です。当たり前とされていることを毎日続けるのに、人よりも力が要る人はいます。
数える単位を、思いきり小さくする
3つ書けない日が続くなら、単位が大きすぎます。「部屋を片づけた」ではなく「机の上のコップを流しに運んだ」。「勉強した」ではなく「テキストを開いた」。ここまで下げて構いません。
小さすぎて意味がないように見えますが、目的は達成の量を増やすことではなく、記録に残る数を増やすことです。数が増えれば、一日の見え方が変わります。
責める声への返し方は、3つの言い換えで足りる
浮かんだ言葉を丸ごと打ち消そうとすると、反対の証拠を探す作業になって疲れます。打ち消さずに、言い方だけ変えます。
「また」「いつも」「絶対」を、回数に置き換える。 これらの言葉は事実より広く聞こえます。「またやった」を「今月2回目」に変えるだけで、大きさが実物に戻ります。
「自分は〜な人間だ」を「今回は〜だった」に変える。 人格の話になった時点で、直す場所がなくなります。1回の出来事の話に戻すと、直す場所が見つかります。
「なんでできないの」を「何があればできたか」に変える。 責める形の問いには答えがありません。条件をたずねる形にすると、答えが出ます。
✗ また忘れた。いつも同じことをやっている。自分は本当にだらしない。 ○ 今月2回目。前回も夕方だった。次はメモを玄関に貼る。
3つとも、覚えようとすると出てきません。紙に書いて、机の端や手帳の1ページ目など、目に入る場所に置いておくほうが確実です。
人からの言葉の受け取り方
ほめられると落ち着かない
「そんなことないです」と反射で返してしまう人は多いです。中身を信じられないままで構わないので、返事だけ「ありがとうございます」に固定します。信じることと、返事を決めることは別々にできます。
注意されると、全部を否定された気がする
言われた言葉を、そのままの形で書き写してみてください。書いてみると、相手が言ったのは1つのことだけで、人格の話はしていないと分かることがよくあります。頭の中で広がった分は、あとから足したものです。
誰かと比べてしまう
比べる相手を、3か月前の自分に固定します。他人は見えている部分が違いすぎて、比べる材料になりません。3か月前の自分なら、条件がそろっています。
自分を責めるのが癖になっている人へ/場面別|責める言葉が出やすいとき
場面別|責める言葉が出やすいとき
予定が1つも終わらなかった日
終わらなかった数ではなく、朝に入れた数を見てください。5つ入れて0なら、多くの場合それは能力の話ではなく、量の設定の問題です。翌日は2つ減らして試します。
同じ年ごろの人の投稿を見たとき
画面に出ているのは、相手が出すと決めた一部分だけです。材料がそろっていないので、比べても答えは出ません。見たあとに毎回落ち込むなら、見る時間を決めるか、その日は閉じてしまって構いません。
返信が来ないとき
「嫌われた」と結びつけがちですが、相手の事情は1つに決まりません。24時間は判断しないと先に決めておくと、その間に返事が来ることも多いです。
部屋が散らかっているのを見たとき
目に入るもの全部が、できていない証拠のように感じられます。全体を見ずに、決めた1か所だけを片づけてください。範囲を区切ると、責める材料も同じ範囲に収まります。
減ったかどうかは、正の字で数える
責める回数が減ったかどうかも、感覚では分かりません。落ち込んでいる日は「今日も一日ずっとダメだった」と感じますが、実際には3回だったということがよくあります。
手帳やメモアプリの1ページを決めて、責める言葉が出るたびに1画ずつ足していきます。内容は書きません。数だけです。
- その場で足すだけなので、5秒で終わります
- 数えている間は、責める言葉から少し離れた場所に立てます
- 1日の合計を見ると、思っていた回数とずれていることが分かります
数えているうちに、回数そのものが減っていくことがあります。「今から数えられる」と分かっていると、途中で止まりやすくなるからです。
2週間続けたら、最初の3日と最後の3日を比べてください。1日ごとの上下は大きいので、日単位では判断しないでください。
素の話ができる相手を、1人だけ確保する
自分を責める癖は、一人で抱えるほど濃くなります。頭の中の言葉には、反対意見が入ってこないからです。
自閉スペクトラム症のある成人を対象にした研究では、周囲に受け入れられている感覚と心の健康が関連することが報告されています。全員に分かってもらう必要はありません。1人いれば十分です。
- 家族でも、友人でも、支援機関の担当者でも構いません
- 相談ではなく、報告だけにすると気楽です(「今日これができた」で終わる)
- 反応が薄くても問題ありません。声に出した時点で、頭の外に出ています
近くにいないときは、同じ困りごとを持つ人の集まりや、地域の相談窓口でも構いません。相手を探すこと自体が大きな作業になるなら、まずは1人に1行だけ送るところから始めてください。
よくある質問
自己肯定感の本を読んでも変わりません
本を読むと知識は増えますが、癖は回数でできています。読む時間より、1日1件の書き換えを数週間続けるほうが変化が出やすいです。1日や2日では変わらないものだと考えて、期間で見てください。
責めるのをやめたら、ミスが増えませんか
責めることと直すことは別の作業です。責める言葉からは次の行動が出てこないので、そこに時間を使っても再発は減りません。2行目を書くほうが、実際の対策に近づきます。ミスそのものを減らす工夫は別の記事にあります。
頭の中で聞こえるのが、昔言われた言葉そのままです
書き出したあと、その横に誰の言い方かを書いてみてください。今の自分の判断ではなく、昔の誰かの言い方をくり返しているだけだと分かることがあります。出どころが分かると、そのまま採用しなくてよくなります。
家族や職場から、実際に責められています
それは自分の中の声とは別の問題で、書き方の工夫では解決しません。距離のとり方や伝え方が必要になります。同じやり方で全部を扱おうとすると行きづまるので、切り分けてください。
何をやっても気持ちが晴れません
眠れない、食べられない、落ち込みが2週間以上続くというときは、癖の問題ではないかもしれません。その場合は工夫を足すより、人に相談するほうが早いです。
関連する困りごと
- 同じミスをくり返して落ち込む前に、起きにくい形に変えます → 同じミスをくり返す人へ
- 手をつけられないことで自分を責めているなら → 先延ばししてしまう人へ
- 引き受けすぎて余裕をなくしているとき → 断れない人へ
- 説明できないしんどさが続いているなら → 診断がつかないのにしんどい人へ
まず今日、これだけやってみる
- 今日の出来事を1件、2行で書く(起きたこと/次にやること)
- できたことを3つ書く(水準は上げない)
- 「また」を「今月◯回目」に言い換える
この記事について
自閉スペクトラム症のある成人を対象にした研究では、周囲に受け入れられている感覚と心の健康が関連することが報告されています。ただしこれはある時点で調べたもので、どちらが先なのかまでは分かりません。「受け入れられれば必ず心が軽くなる」と言い切れる内容ではありませんし、自分をどう扱うかという話に、そのまま当てはめられるものでもありません。
成人のADHDについては、感情が大きく動きやすいことが13の研究をまとめた分析で示されています。落ち込みの振れ幅を性格の問題として扱わなくていい根拠になりますが、この分析は対処法の効果を調べたものではありません。
そのうえで、この記事に書いた2行の書き方や言い換えは、研究で効果が確かめられたものではありません。 手間が小さいので、合いそうなものだけ試してみてください。合わなければやめて構いません。
気持ちの落ち込みが続くときは、一人で抱えないで専門家に相談してください。相談できる場所は相談先の探し方にまとめています。
「自己肯定感を上げましょう」って言われても、上げ方が分からないんですよね。上げるより、下げる回数を減らすほうが先です。そっちは手順にできますよ。
この記事の出どころ
- 研究で検討
- 論文で調べられている内容です。ただし、どんな人を対象にした研究かは記事ごとにちがいます。
研究で検討自閉スペクトラム症のある成人における「受け入れられた経験」と心の健康
(原題:Experiences of Autism Acceptance and Mental Health in Autistic Adults)
この研究でわかっていること:周囲に受け入れられている感覚と心の健康が関連することを示せます。
ここはまだ分かっていません:ある時点で調べたもので、どちらが原因かまでは分かりません。
研究で検討成人ADHDにおける感情の調節のしにくさ:研究をまとめた分析
(原題:Emotion dysregulation in adults with attention deficit hyperactivity disorder: a meta-analysis)
この研究でわかっていること:感情が大きく動きやすいことを、性格ではなく特性の一部として説明できます。
ここはまだ分かっていません:対処法の効果を調べたものではありません。
制度の内容・金額は改定される場合があります。最新の情報は各窓口・公式ページでご確認ください。 出典の考え方は 情報の出どころの見方 にまとめています。
合わなかったら、別のやり方を試してください
ここに書いたことが全員に効くわけではありません。ひとつ試して合わなければ、それは失敗ではなく「自分に合わない方法が1つ分かった」ということです。