仕事をなかなか覚えられない人へ|覚えるのをやめて引ける形にする
— 何度も聞いてしまうのは、記憶の使い方の違いです
ポイント
- 覚える力を上げるより、引ける形に置き直すほうが早く楽になります
- 記録は3つの層に分けます。殴り書き、引くための1枚、手順の本体です
- 1日の終わりの5分で戻す時間を作ると、聞き直す回数が目に見えて減ります
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三回教わった作業を、四回目でまた止めてしまう。手順のどこかが抜けているのは分かるのに、どこが抜けているのかが分からない。
隣の席の人に聞きに行こうとして、手が止まります。この前も同じことを聞いた気がする。今度こそ「まだ覚えてないの」と思われる。結局、うろ覚えのまま進めて、あとで直してもらうことになる。
夜、家に帰ってから「自分はこの仕事に向いていないのかもしれない」と考える。ここまで来ると、覚えられないこと自体よりも、そのあとに来る落ち込みのほうがしんどくなります。
先に結論を書きます。 覚える力を上げようとするのは、いちばん時間がかかる道です。覚えるのをやめて、迷った30秒で引ける形に置き直す。 これが、いま手をつけられる中でいちばん効きます。
なぜ仕事が覚えられないのか
覚える量が、最初の数週間に固まっている
新しい職場では、用語も人名も場所も進め方も、同時に入ってきます。一度に入る量には人による差があり、その差は努力の量とは別のものです。
量が多い時期に「まだ覚えてない」と言われても、それは時期の問題であることが少なくありません。
一度言えば伝わる前提で教えられる
教える側は、たいてい一度で伝えたつもりでいます。だから二度目の説明は用意されていません。
こちらが聞き直すと、教える側は「伝えたのに」と感じます。どちらも悪くないのに、気まずさだけが残る構造になっています。
あとでやることを覚えておく力には差がある
「戻ったらこれをやる」「金曜になったら出す」。こういう、先に置いておく記憶が抜けやすい人がいます。成人ADHDでは、この種の記憶の課題で成績が下がりやすいことを調べた研究があります。
やる気の話ではなく、記憶の使い方の話です。だから、やる気を出しても回復しません。
緊張していると、そもそも入らない
見られている、急かされている、失敗できない。この状態では、聞いたことがそのまま抜けます。新人のときほど入らないのは、この影響が大きいです。
「覚えた」の基準が高すぎる
何も見ずに全部できることを「覚えた」だと思っていると、いつまでもたどり着けません。開けば分かる状態は、覚えているのと同じです。ここの線を引き直すだけで、だいぶ楽になります。
【いちばん効く1つ】「覚える」を「引ける」に置き換える
やることは1つです。迷ったときに開く場所を、1か所だけ決めます。
- 置き場所を決めます。ノート1冊、スマホのメモ1つ、パソコンの1ファイル。どれでもいいので、1つだけにします
- 迷ったこと、聞いたこと、直されたことを、そこに全部入れます。分類はしません
- 探すときは、目で追わずに検索します。紙なら、右上に単語を大きく書いて目印にします
- 「これは覚えなきゃ」と思った瞬間に、覚えるのではなく書いて閉じます
分けたくなっても、最初の3週間は1か所のままにしてください。 分類を始めると、書く前に「どこに書くか」で止まります。止まった記録は残りません。
目標は、知らないことを30秒で引けることです。全部を頭に入れることではありません。この置き換えができると、覚えていない状態のまま仕事が進み始めます。
仕事をなかなか覚えられない人へ/記録を3つの層に分ける
記録を3つの層に分ける
1か所に貯め続けると、量が増えたときに引けなくなります。3週間たったら、層を分けます。
第1層 その場の殴り書き
聞いた言葉をそのまま落とす場所です。きれいさは一切いりません。 話しながら書けるのは、単語と矢印くらいです。ここは流れていく前提で使います。
第2層 引くための1枚
第1層から、何度も見返したものだけを1枚に写します。よく使う順に上から並べるのがコツです。
- ログインの手順とパスワードの置き場所(パスワードそのものは書きません)
- よく使う番号、部署名、担当の名前
- 締め切りの決まりごと
- 迷いやすい判断の分かれ道
A4で1枚。机に貼るか、画面の端に開いておきます。1枚を超えたら、超えたぶんは第3層へ移します。
第3層 手順の本体
手順そのものを言葉にしたものです。ここまで作れると、いちばん強い資産になります。作り方はマニュアルがない仕事で固まる人へにまとめました。
3つの層を持つと、書く場所で迷わなくなります。 迷いが減ると、記録そのものが続きます。
1日5分、戻す時間を作る
書きっぱなしの記録は、引けません。1日の終わりに5分だけ、戻す時間を置きます。
- その日の殴り書きを、上から下まで1回だけ読み返します
- 明日また必要になりそうなものに、印をつけます
- 印のうち、3回以上出てきたものを第2層の1枚に写します
- 明日いちばん最初にやることを、1行だけ書いて閉じます
かかるのは本当に5分です。終業の5分前にアラームを置くと、続きやすくなります。
翌朝は、その1行を読むところから始めます。朝の3分で前日に戻れると、聞き直す回数がはっきり減ります。
書いたものを見返す機会がないと、記録はただの安心材料になります。 見返す時刻を先に決めておくところまでが、この工夫の本体です。
仕事をなかなか覚えられない人へ/同じことを何度も聞くのが怖いとき
同じことを何度も聞くのが怖いとき
聞けないまま進めて間違えるほうが、職場にとっての損は大きいです。ただ、それが分かっていても足が止まるので、言い方のほうを用意しておきます。
記録を持っていってから聞く
手ぶらで聞くのと、書いたものを開いて聞くのとでは、受け取られ方が変わります。
「前に教えていただいたところ、ここまでは書けているんですが、この次が抜けていました。もう一度だけ確認させてください」
確認しに来た人と覚えていない人は、同じ内容でも印象が違います。開いた記録が、その差を作ります。
二度目だと自分から言う
隠すほど、次が聞きにくくなります。
「二度目ですみません。今度は手順に書き足すので、順番だけ教えてください」
書き足す前提を先に伝えると、三度目が来ないことが相手にも伝わります。
自分の答えを持っていく
正解を聞くのではなく、確認の形にします。
「Aで進めようと思っていますが、この場合はBでしたか」
判断の理由まで返ってくることが多く、同じ種類の質問をまとめて減らせます。
口で聞きづらいなら、文字にする
チャットやメールで送ると、相手の手が空いたときに返ってきます。返事が文字で残るので、そのまま記録になります。聞いた内容を書き写す手間がなくなるのは、思っている以上に大きいです。
指示そのものがあいまいで困っているなら、指示があいまいで動けない人へも見てください。
職場に頼めること
働きやすくするための調整は、診断名ではなく、本人の困りごとと仕事の中身に合わせて決めるものだと国内の論文でも整理されています。頼めることは、思っているより具体的にあります。
- 口で言われた指示を、あとからチャットで一言もらう
- 教わる場面で、メモを取る時間を10秒もらう
- 手順を録音・撮影していいか確認する
- チェックリストを作って、それに沿って進めることを認めてもらう
- 最初の1か月は、確認の回数が多くなることを先に共有しておく
頼むときは、できない話ではなく成果の話の形にします。「書いたものが手元にあるとミスが減るので、指示を文字でもらえると助かります」。この言い方なら、相手も判断しやすくなります。→ 職場に「これがつらい」と言えない人へ
場面別
覚えることが一気に増える最初の時期
全部を同じ強さで入れようとすると、必ずあふれます。その週に自分がやる仕事だけを記録の対象にして、来月の話は来月に回してください。後回しにしただけで、落としたわけではありません。
接客や現場など、その場で止まれない仕事
書く時間が取れないので、手元に置ける形に変えます。名刺くらいの紙に手順を3行だけ書いてポケットに入れる、機械の内側に小さく貼る。目に入る場所に置けたものだけが、その場で使えます。
画面越しに教わるとき
録画の許可をもらえるかどうかで、負担がまったく変わります。難しいときは、共有された画面をその場で撮っておくだけでも、あとから順番をたどれます。
聞ける相手が忙しい人しかいない
相手を1人に絞らないでください。この作業はこの人、この判断はこの人と内容ごとに割り振っておくと、一人に負担が寄らず、こちらも切り出しやすくなります。
よくある質問
記録を取る時間がありません
最初は1日3行で十分です。その日いちばん困ったことだけを書いてください。3行なら1分もかかりません。量を増やすのは、続いてからで間に合います。
書いていると「手が遅い」と言われます
先に断っておくと、印象が変わります。「あとで見返せるように書いています」と一言添えるだけで、たいてい止められません。それでも急かされる場面なら、その場は単語だけにして、離れてから書き足してください。
何回聞いても入らない作業があります
その作業だけ、手順を紙にして手元に置いてしまってください。 入らないものを入れようとするより、見ながらやるほうが速く終わります。見ながらできるなら、それはできる仕事です。
覚えられないのは、向いていないからでしょうか
覚える速さと、仕事の向き不向きは別のものです。入るまでに時間がかかるだけの人もいます。ただ、記録を作っても消耗が続くなら、量や環境のほうが合っていない場合もあります。そのときは働き方を見直す選択も、逃げではありません。
半年たっても、まだ聞いています
期間で線を引かなくて大丈夫です。聞く回数が減っているかだけを見てください。減っているなら、記録は働いています。
関連する困りごと
- 手順そのものを言葉にしたいとき → マニュアルがない仕事で固まる人へ
- 書いたのにあとで読めないとき → メモを取っても後で読めない人へ
- 頭の中に置いておける量の話 → ワーキングメモリが弱いと言われた人へ
- 指示の受け取り方でつまずくとき → 指示があいまいで動けない人へ
まず今日、これだけやってみる
- 迷ったことを書く場所を、1つだけ決める
- 終業の5分前にアラームをかけて、その日の記録を読み返す
- 明日いちばん最初にやることを、1行だけ書いて帰る
この記事について
成人ADHDでは、あとでやることを覚えておく力を調べた課題で成績が下がりやすいことが、実験を使った研究で報告されています。ただし、これは限られた人数を対象にした実験室での研究です。実際の職場でどれくらい影響するかまでは分かっていません。
また、メモや検索といった外に置く道具そのものの効果は、まだ調べられていません。 記録すれば覚えられるようになる、という話ではないことに注意してください。
働きやすくするための調整については、診断名ではなく本人の困りごとと職務に合わせて決めるという原則が、国内の論文で整理されています。ただしどの配慮がどれくらい効くかを比べた研究ではありません。
なお、ここで紹介した3つの層や5分の戻し方について、効果を確かめた研究は見当たりません。理屈として無理のないやり方を集めたものです。試して合わなければ、そこでやめて構いません。
覚えられないことで責められ続けて眠れない、朝になると体が動かない。こうした状態が続くときは、仕事の工夫だけで抱えないでください。困りごとが続くときは、専門家に相談してください。相談先の探し方にまとめています。
何度も同じことを聞くのって、聞く側がいちばん消耗するんですよね。でも本当に必要なのは記憶力じゃなくて、迷った30秒で開ける場所なんです。そこさえあれば、覚えていなくても仕事は回りますよ。
この記事の出どころ
- 研究で検討
- 論文で調べられている内容です。ただし、どんな人を対象にした研究かは記事ごとにちがいます。
研究で検討成人ADHDにおける「あとでやることを覚えておく力」の困難
(原題:Complex Prospective Memory in Adults with Attention Deficit Hyperactivity Disorder)
この研究でわかっていること:予定や約束を忘れるのは記憶の使い方の問題で、意欲の問題ではないと説明できます。
ここはまだ分かっていません:リマインダーなど外部化の道具そのものの効果はまだ調べられていません。
研究で検討合理的配慮(働きやすくするための調整)に基づく就労支援
この研究でわかっていること:配慮は診断名でなく本人の困りごとと職務に合わせて決める、という原則を示せます。
ここはまだ分かっていません:個別の配慮メニューの効果を比較した研究ではありません。
制度の内容・金額は改定される場合があります。最新の情報は各窓口・公式ページでご確認ください。 出典の考え方は 情報の出どころの見方 にまとめています。
合わなかったら、別のやり方を試してください
ここに書いたことが全員に効くわけではありません。ひとつ試して合わなければ、それは失敗ではなく「自分に合わない方法が1つ分かった」ということです。