ワーキングメモリが弱いと言われた人へ|鍛えるより外に置く
— 頭の中の作業机を広げるのではなく、机の外に並べていきます
ポイント
- ワーキングメモリは、頭の中で短いあいだ物を置いておく作業机のことです
- 机の広さには人による違いがあり、狭いこと自体は責められる話ではありません
- 覚えておく仕事を紙や道具に渡すと、机が狭いままでも回るようになります
目次を開く(11項目)
上司に3つ頼まれて、自分の席に戻るころには2つ目が消えている。
電話で番号を聞きながら書こうとすると、後ろ半分が飛ぶ。冷蔵庫を開けた瞬間に、何を取りに来たのか分からなくなる。
検査を受けて「ワーキングメモリが弱い」と言われた人もいると思います。言葉だけ聞くと、頭の出来を採点されたように感じて落ち込みます。
ワーキングメモリは、頭の中の作業机のことです。 机が狭いなら、書類を宙に浮かせて持つのをやめて、外の台に並べればいい。この記事は、その並べ方の入口です。
ワーキングメモリは頭の中の作業机
いま取りかかっていることに必要な情報を、短いあいだ手元に置いて、同時に使う。その働きのことです。
たとえば、こんな場面で使っています。
- レジの前で合計を暗算しながら、財布の中身も思い出す
- 相手の話を聞きながら、要点を組み立てて返事を考える
- 味噌汁を火にかけたまま、焼き物の時間を数え、洗い物もする
- 「3階の田中さんに封筒を渡してから郵便局」という順番を持って歩く
机が広い人は、書類を10枚広げても平気です。狭い人は、3枚置いたところで4枚目を乗せると、下の1枚が押し出されて落ちます。
落ちた1枚が、頼まれた2つ目の用事です。
広いか狭いかは、生まれつきの得意不得意の一部です。背の高さと同じで、努力が足りないから狭い、という種類のものではありません。
大人のADHDでは、あとでやることを覚えておく力につまずきが出やすいことが、実験で調べられています。忘れるのは、やる気の量とは別の話です。
狭いと、生活のどこがつまずくのか
困りごとの出方には、だいたい型があります。自分がどれかを知っておくと、手当ての場所が決まります。
途中で消える
やり始めたのに、途中で別のことが差し込まれると、元の作業が丸ごと消えます。作業を切り替えるときには手間がかかることが、認知科学の分野で整理されています。切り替えの数だけ、机の上が一度まっさらになると考えてください。
同時が成り立たない
聞きながら書く。話しながら手を動かす。この形が極端に苦手になります。片方をやると、もう片方が止まります。
順番が崩れる
「Aをやって、そのあとB」の順番だけが抜けて、Bから始めてしまう。手順の多い作業ほど起きます。
何度も確認しに戻る
さっき見たはずの数字が残っていないので、そのつど戻ります。時間もかかるし、自分を疑う回数が増えて疲れます。
どれも、注意して頑張れば直るという性質のものではありません。 頑張るほど机の上が混み合って、落ちる枚数が増えます。
ワーキングメモリが弱いと言われた人へ/【いちばん効く1つ】頭に置く時間を10秒までにする
【いちばん効く1つ】頭に置く時間を10秒までにする
たった1つ選ぶなら、これです。
覚えた情報を頭の中に置いておく時間を、10秒までにする。 それ以上は持たず、外に出します。
「あとでメモしよう」と思った時点で、もう落ちています。思った瞬間が出しどきです。
やること
- 受け皿を1つ決める。スマホのメモアプリか、小さいノートか、どちらか一方
- 受け皿を、手が10秒で届く場所に置く。カバンの底はだめです
- 頼まれた、思いついた、聞いた。この3つが起きたら、その場で1行だけ書く
書くのは1行で構いません。あとで読める形に整えるのは、そのあとの仕事です。整え方はメモを取っても後で読めない人へにまとめました。
出しにくい場面の逃がし方
- 手がふさがっている → スマホの音声入力に話す
- 会議中で書けない → 手のひらサイズの紙を1枚、机の右上に置いておく
- 歩いている → 立ち止まって10秒使う。歩きながら覚えようとしない
- 相手が目の前にいる → その場で書いていいか一言もらう
「メモを取りますので、少しだけお待ちください。」
書く時間をもらうのは、失礼ではありません。 たいていの相手は待ってくれます。
続かないときは、受け皿を疑う
1週間やってみて書けなかったなら、意志ではなく置き場所の問題です。カバンの底のノートより、ロック画面から開けるメモアプリのほうが続きます。
1回でも書けた日があるなら、その受け皿は合っています。 書けなかった日を数えるのはやめてください。
覚えておく仕事を、道具に渡す
外に置くといっても、全部を1冊のノートに集めると、今度は探せなくなります。種類ごとに渡し先を決めます。
日にちが決まっているもの
予定と約束は、思い出す努力をやめて、通知が来る形にします。カレンダーを分けて持つと抜けるので、1本に集めます。くわしくは予定が抜ける人へと約束や予約をすっぽかしてしまう人へへ。
持って出るもの
玄関を出る前の確認は、記憶ではなく置き場所で解決します。忘れ物が多すぎてしんどい人へに、置き場所の作り方をまとめています。
毎日くり返すもの
薬や充電のように、毎日同じことをくり返すものは、目に入る場所と決めごとで回します。薬を飲み忘れてしまう人へが参考になります。
在庫の量
家に何が残っているかは、覚えていられません。見える形にします。買い忘れと二重買いが多い人へへ。
届いた紙
「あとで見る」と積んだ書類は、その山まるごとが覚えておく仕事になります。3つの箱に分けるやり方が書類が山になっている人へにあります。
この5つを道具に渡すだけで、机の上の混み具合がかなり変わります。
ワーキングメモリが弱いと言われた人へ/一度に持つ数を減らす
一度に持つ数を減らす
外に出すのと同じくらい効くのが、そもそも持たされる数を減らすことです。
やることを1つずつに割る
大きいまま持つと、手順の全体を頭で抱えることになります。1時間以内で終わる形まで割って、上から1つずつ。割り方は大きい仕事を前に固まってしまう人へに書きました。
同時にやらない形に組み替える
聞きながら書く、話しながら計算する。この組み合わせは、机が狭い人ほど成立しません。順番にやる形へ組み替えます。具体的な組み替え方は同時に2つ以上の仕事があると頭が真っ白になる人へへ。
目に入るものを減らす
机の上に紙が積んであると、そのたびに「これは何だっけ」と机の一部を使います。作業する場所に置くのは、いま触っているものだけにしてください。机まわりを集中できる形にするも合わせてどうぞ。
引き受ける前に、いま何を持っているか言う
すでに3つ抱えているところに4つ目が来たら、その場で「いまAとBとCを持っています」と口に出してみてください。順番を決めてもらえることがあります。決めてもらえなくても、自分が何を落としそうかは、言った時点ではっきりします。
手順書を作って、覚えるのをやめる
月に1回しかやらない作業は、毎回思い出す必要があります。2回目にやったときに手順を書き残すと、3回目からは読むだけで済みます。
落ちたときに、戻れるようにしておく
机から書類が落ちるのは避けられません。落ちる前提で、拾える形にしておきます。
離れる前に1行だけ残す
席を立つ、電話に出る、話しかけられる。その直前に「次にやること」を1行書いてから離れてください。戻ったときに、そこから再開できます。話しかけられると作業が全部飛ぶ人へに、戻り方をくわしく書いています。
会議は、書く量を先に決めておく
全部書こうとすると、聞くほうが止まります。拾うのは決まったことと自分の担当だけ、と先に決めておきます。会議の内容が頭に入らない人へへ。
口で言われたことは、文字にして返す
聞いた直後に、自分の言葉で書いて相手に送ります。
「A社の見積もり、金曜17時まで、A4で2枚。この理解で進めます。」
送った時点で、覚えておく仕事が終わります。 間違っていれば相手が直してくれます。あいまいな指示の聞き返し方は「適当にやっといて」で固まってしまう人へにあります。
机が狭くなる日をつくらない
同じ人でも、日によって置ける枚数は変わります。土台の部分です。
- 寝不足の日は、机がさらに狭くなります。 眠れない日が続くなら眠れない夜が続く人へへ
- 疲れに気づかないまま動き続けると、夕方に一気に崩れます。 気づいたら限界になっている人へが参考になります
- 音がうるさい場所では、抜ける量が増えます。 音・光・においがつらい人へへ
体調を整えれば全部解決する、という話ではありません。ただ、狭い日にいつもと同じ量を持とうとすると、こぼれます。 その日は持つ数を減らしてください。
よくある質問
鍛えれば広くなりますか
ワーキングメモリを鍛えるとうたう練習やアプリはたくさんあります。この記事ではすすめていません。練習した課題そのものが上手になっても、仕事や家事の困りごとまで軽くなるかどうかは、この記事の出典からは言えないからです。
やってみること自体は自由です。ただ、生活を回す手当ては、外に出す工夫のほうから始めてください。 そちらは今日から効きます。
検査の数値が低いと言われました
数値は、その日その課題でどう出たかの記録です。人の値打ちでも、この先の限界でもありません。検査で分かることと分からないことは発達障害かもと思ったらにも書きました。
道具を増やすと、管理が大変になります
そのとおりです。だから受け皿は1つまでにします。増やしていいのは、日にち・持ち物・在庫のように、渡し先がはっきり決まっているものだけです。
職場に伝えたほうがいいですか
ワーキングメモリという言葉のままでは伝わりません。困る場面と、してほしいことに置き換えて伝えます。
「口頭でまとめて指示をいただくと抜けてしまうので、チャットで箇条書きにしていただけると助かります。」
頼み方の組み立ては職場に「これがつらい」と言えない人へにまとめています。
関連する困りごと
- 書いたメモがあとで読めない → メモを取っても後で読めない人へ
- 2つ以上あると手が止まる → 同時に2つ以上の仕事があると頭が真っ白になる人へ
- 予定そのものが抜ける → 予定が抜ける人へ
- 大きい仕事が始められない → 大きい仕事を前に固まってしまう人へ
まず今日、これだけやってみる
- 受け皿を1つ決めて、手が10秒で届く場所に置く
- 今日ひとつだけ、頼まれたその場で1行書く
- 席を立つ前に「次にやること」を1行残す
この記事について
大人のADHDでは、あとでやることを覚えておく力につまずきが出やすいことが、実験を使った研究で調べられています。予定や約束が抜けるのを、記憶の使い方の問題として説明できるのはここまでです。リマインダーやメモといった道具そのものの効き目は、まだ調べられていません。
作業を切り替えるときに手間がかかることも、認知科学の分野で整理されています。ただしこれは人一般の性質を扱ったもので、ADHDやASDに限った研究ではありません。
発達障害についての基本的な説明と支援の情報は、国立障害者リハビリテーションセンターの発達障害情報・支援センターにまとまっています。個別の生活術を保証するものではありませんが、制度や相談先を調べる出発点になります。
この記事に並べた受け皿の作り方や10秒という区切りは、研究で確かめられた数字ではありません。仕組みとしては筋が通るので、小さく試して、合うものだけ残してください。
もの忘れが増えて生活が回らない、日によって差が大きすぎて予定が組めない。そうした困りごとが続くときは、専門家に相談してください。相談先の探し方にまとめています。
検査で弱いと言われると、頭の出来を否定された気がするんですよね。でもあれは、机の広さの話なんです。机が狭いなら、横に台を出せばいいだけですよ。
この記事の出どころ
- 研究で検討
- 論文で調べられている内容です。ただし、どんな人を対象にした研究かは記事ごとにちがいます。
- 専門家・公的情報
- 厚生労働省などの公的な機関や、専門家が出している情報をもとにしています。
研究で検討成人ADHDにおける「あとでやることを覚えておく力」の困難
(原題:Complex Prospective Memory in Adults with Attention Deficit Hyperactivity Disorder)
この研究でわかっていること:予定や約束を忘れるのは記憶の使い方の問題で、意欲の問題ではないと説明できます。
ここはまだ分かっていません:リマインダーなど外部化の道具そのものの効果はまだ調べられていません。
研究で検討作業の切り替えについて
(原題:Task switching)
この研究でわかっていること:割り込みや並行作業が実際に効率を落とすことを、一般的な認知の性質として説明できます。
ここはまだ分かっていません:ADHD・ASD固有の研究ではありません。
専門家・公的情報発達障害情報・支援センター
この研究でわかっていること:発達障害の基本的な説明と支援情報の一次情報として使えます。
ここはまだ分かっていません:個別の生活術を保証する情報ではありません。
制度の内容・金額は改定される場合があります。最新の情報は各窓口・公式ページでご確認ください。 出典の考え方は 情報の出どころの見方 にまとめています。
合わなかったら、別のやり方を試してください
ここに書いたことが全員に効くわけではありません。ひとつ試して合わなければ、それは失敗ではなく「自分に合わない方法が1つ分かった」ということです。